形見月

まだ夜が長くて私たちが弱い頃
平安の夜には紙燭しかなくて
相手の顔も殆ど知らずに
遊びに興じ 詩歌を歌い
逢ふを重ねたものだった

食べ物は質素で味の濃いもの
男は狩りや蹴鞠もしたけれど
女は文や小説を書く位
十二単は重くて動くのは大変だけど
それが体をほぐすことなし
私はまだ十八なのにもうオバサンと呼ばれてる

誰も会いに来てくれない夜は
一人で蔀を開けて
香炉峰の雪に映えるような
夜空を見上げたものだった
私が宮に来てからも
唯一変わらぬ世界
そう、そこには夜の太陽

あなたが逝ったのはもう五日前
こんな片田舎では文が届くのも遅い
あなたはもう柁火に附され
私に顔を見せることはない

泣いてもきっと戻らないあなたはもう夢にも出て来てくれない
そう、もう全てが終わってしまった

最後あなたに会ったのは
そんなに昔じゃなかったわ
その時御簾から見えていたのは
煌々とかがやく月
麿が成仏したときは
君にあれを残そうと
冗談交じりにあなたは
夜空を見上げてそういった
あすこに輝くのは
あなたが残してくれた月
あなたが唯一私に残した
形見月 形見月